日記

祖母・通夜の日ドキュメント

11時から納棺だと聞いていたので、その前に実家へ。
いつもだったらなかなか起きれないところだが、今日はぱっちりと目が覚めた。

祖母の形見の品

親戚と一緒に、バタバタと棺桶に入れるものを決める。
祖母が作ったパッチワークのカバンやレースの刺繍。
祖母は縫い物が得意だった。
パッチワークは、曾祖母の着物や祖母、母の着物の生地の一部を使って作られたもの。
親戚や母は、どの記事が誰の着物かしっかりと記憶していた。
これらは、明治~昭和40年代の着物が使われているという、とても重々しいものだ。

個人的には燃やすのはもったいないと思ったが、個人と一緒に旅立つというのもひとつの考え方だ。

本物のおくりびと??

11時少し過ぎに死に装束に着替えさせる女性2人が現れた。
いわゆる『おくりびと』ってやつ??
オレはあの映画を見てないのでわかんないけど。
彼女たちは、布団の下からうまい具合に着物を脱がせて死装束に着替えさせる。
まさに神業だった。
そして化粧もする。
もちろん口紅は薄目に。
頭にはムースもつけ、髪の毛もちゃんとセットする。

ところで、祖母の家とオレの実家は隣り合っていて中でくっついているが、それぞれの玄関が違う方角にあり、入り口が極めて間違えやすい。
なので、もし祖母宅に誰かが来ても全員実家にいたら、客が来ても気づかない。
おくりびとが帰った後、
『もう客は来ない。全員撤収。』
という父が言う。
でも母は留守番がいた方がいいと考えているようだ。
で、2人でもたもたしていたら、早く来いみたいな感じになったので、母は実家の方へ戻り、オレは祖母宅に残った。

お寺さんが法名を持参

そのほんの数十秒後、突然お坊さんがやってきた。
ほれみたことか!!
母が言うには、玄関に鍵を閉めていなかったために、朝ひっそりと香典をおいて行った親戚もいたらしい。
父の無体ぶりには呆れる。
動くとお坊さんを一人にしてしまうので、携帯で全員を呼び出し。

法名を決めてもらいました。
普通、法名をもらうには東本願寺にお伺いを立てて1ヶ月半ほどかかるらしいんだけど、そのお寺は十分なお金を収めているので、独断ですぐに法名を決められるらしい。
このあたりの仕組みはよくわからないが、なかなかよい法名をもらった。

そしてお経を上げてもらう。
テキトー過ぎる父のおかげで、大事に至る所だった。

お経が終わってからバタバタと昼食を食べる。
いったん、うちに着替に帰ろうとした時に、
『数珠がないかも。』
と言ったら面罵された。管理は任せていたから、わからないことなんてあるよ。
『あなたはあなたの夫がいなくなったらすべての所有物の在処を確認できるのですか??』
と小一時間問い詰めたかった。
元々、数珠は知人に相談して近いうちに買う予定だったんだけど、知人の体調が悪く相談できずにいたのだ。

で、うちに帰ったら、数珠は、洋服ダンスの洋服と洋服の間という極めて分かりにくい場所にあった。
そんなもん、わかるかって!!
でも、整理できない人というのはこの世にいるのです。そういう人を責めるつもりはありません。でも代わりにオレが面罵されるのも筋違いかと思うな。

出棺

15時出棺だったけど、余裕を持って14時に行ってみた。
そしたらまだ着替えてもいなかった。
『じゃぁ、留守番よろしくね。』
って言われたけど、オレがいなかったらどうするつもりだったんだろう。

そして15時過ぎ、出棺の時間。布団に紐がついていて、そこを持つと棺桶に入れれるようになっていて、お手伝いをした。
母は祖母と車に乗り、葬儀場へ。
祖父の通夜の時は、留守番を頼まれていて、実際、留守番の時に数件の来訪者があったので、留守番が必要か問うたところ、ここでまた父が、
『留守番なんていらない。』
と否定された。
こういう物の言い方をする人間にはなりたくないなと心の底から思った。
オレ以外は、父の運転する車で斎場へ。
オレは自分の車で葬儀場へ行った。
ら、なぜか母と祖母が乗った車より先に葬儀場へついてしまった。

葬儀場(セレモニーホール)

そこで簡単に式場のセットアップ。棺を移動し祭壇を飾る。
数枚の写真を撮る。
葬儀の際に写真を撮るのもなんなんだけど、いつも写真を撮っておけばよかったと後悔している母を見ていたので、携帯で写真を撮る。
もっとも今回は、母もデジカメを持ってきていたが。
実際、過去に残された葬儀時の数枚の写真はいろいろなことを物語っている。
そして焼香し、2階の座敷へ行く。

座敷で、祖父がなくなった時の香典名簿を見る。
懐かしい前の前の会社の面々が名簿に載っている。
それを見ながら、焼香順を決めていく。焼香順に関しては、何度も見てるけど、スムーズに決めることができたことはない。
今回は、葬儀場のマニュアルがあったので、わりと簡単に決めることができた。

ここで、焼香順を内定したんだけど、鉛筆で書いては消し書いては消しのアナログ人間を見かねた弟が、
『ノートPC出そうか?』
と促すが、父が、頭ごなしに否定。
また父の暴れ。

そして、受付をしてもらう親戚の人が来てくれた。
が、片方は、葬儀の朝、一仕事してから受付に駆けつけ、葬儀には参加せずまた仕事に戻るという無茶っぷり。
もう一方も、無茶苦茶なスケジュールできると言う。
突然にこんなことを頼むからこういう事になるのだ。
葬儀屋だって、翌々日の通夜を勧めてたじゃん。
普通さー、受付の手配なんて斎場に来てから詳細を詰めるなんてありえないじゃん、と7回受付をしているオレは思った。

式場へ行く直前に結婚指輪を外す。心情としては外したくなかったけど、心情を貫き通すことばかりがよい結果を生むとは限らないからね。

お通夜

で、お通夜の1時間前ぐらいに式場へ。
式場では、かつて塾を経営していた親戚と、葬祭場の社長が話し込んでいる。
この葬儀屋の社長はうちの親戚の教え子。
いろんなところでいろんな人が絡み合っている。

遺族席に座る。
0.1%の可能性にかけて息子にめぐり合うことができないかと、あえて前の席に座らせてもらった。
真意を伝えるとごちゃごちゃしそうなので、
『後ろは寒い。』
と適当な言い訳をした。

30分ぐらい前になるとポツポツと人が集まり始める。
その度に立ったり座ったりお辞儀したり。
15分前になると、町内会の人がゴロゴロとやってくる。
送迎バスの関係だろう。
うちは、町内で一番古くて一族も何人も住んでいるので、たくさん人がやってくる。会社関係という人がいないので、町内会の人が圧倒的だった。

もうすぐ開式という頃、スタッフが、式の段取りを説明しに来る。
聞いた感じだと、すごく長くなりそうなパターンの式だと感じたけど、実際は30分で終わった。

お坊さんの話はすごく難しかった。
オレ達に話すときには、同じ宗教話でもいつも楽しい話をしてくれるのに。
ある宗教家が、客の顔を伺って話の内容を決めると言っていたが、やっぱしそうなんだろうか。

通夜はつつがなく終わった。
0.1%の可能性は、否定された。息子は現れなかった。
一方、母が親友と久々に会うというので、偶然遠方から来ていた友人数人も臨席していたので、ちょっとからかってみた。
ら、
『なんで一人なの??』
と聞かれた。やっぱみんな思うよね。
はい、そうです。一人ですよ。
今日で、町内会ほかオレを知るすべての人に本当のことが知れ渡りました。
オカンの友達にも言いました。本当のことを。

祖母にとってオレの息子は曾孫であるわけだから出席してもおかしくないと考え、オレは密かに胸の内ポケットに息子の写真を忍ばせておいた。
その写真を母の親友に見せた。母に内緒で。
母の親友の子も出戻りだという。

通夜ぶるまい

そして町内会ご一行様が帰った後、2階で通夜ぶるまい。
都会と田舎の話、宗派の話など無難な話をする。

東京だとセレモニーホールや火葬場の段取りがつかず、葬儀まで、死後1週間以上かかることがあるらしい。
葬儀までの間は、病院の冷凍庫で遺体を安置する人のこと。
信じられない!!

1時間半ほどでお開きになり、家族だけが残る。
ここでもう一度焼香順を見直す。
父は途中で、
『おい、酒持って来い。』
など、極めて高圧的。
喪主になったことで、自分が主役になったとでも勘違いしているのだろうか??
なさけなう。

ところで、うちの家族は永年保存の書類を書いていても、平気で酒や食べ物を落とす。
その書類が必要なのは、両親ではなく、両親が死んだときにオレが使うものなのだから、丁寧に取扱ってほしい。
帰り際に、
『そんなに飲んでいて、よく夜トイレに行きたくならないね。』
と言ってみた。
こういうふうに頭ごなしに否定せずに、アサーティブに表現すれば相手に自分の心が伝わると思った。怒りとして相手に感情をぶつけつのではなく、感情を嫌味で表現してるだけだけど。

明日の葬儀での挨拶について、祖母のことについて少し触れてみてはどうかと提案してみたが、なんだかんだ否定された。
通夜では父は祖母のことについて全く触れなかった。
祖母のことを気にかけて葬儀に来てくれるわけだから、そのことについて触れないというおかしいと思うが、なんだかんだ明日も『ありがとうございました。』程度の挨拶にとどめるという。

23時30分に打ち合わせ含めすべてを終え、帰ることにする。
それ以外の家族は、斎場に泊まる。

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