9時斎場入りだったので、8時起床。
奇跡的に7時40分に目覚めたけど、ボーッとしていて全く動けない。
そう、睡眠障碍(笑)で、朝全く起きれないのです。
8時10分ぐらいから、シャワーを浴び始める。
少し元気になって、喪服に着替え、髪の毛をセット。
昨日は真面目な髪型だたけど、今日はトップを少し遊ばせてみる。
と思ったけど、うまく決まらない。
あまりダラダラやってるわけにもいけないので、適当にスプレーで固めて、斎場へ。
9時ちょうどIN。
機能と同様、誤解の元となる結婚指輪は外す。
今日は一応ポケットに忍ばせた。
葬儀
10時に葬儀が開始。
弔電の読み上げ順に関してはオレは打ち合わせに参加していなかったけど、
野党衆議院議員→小物野党改選間もなく参議院議員→超大物元総理→与党衆議院議員
の順になっていた。
与野党逆転も、父の与党衆議院議員が嫌いといういう理由で、弔電読み上げ順はこのようになっていた。
これゎ適切なんだろうか?
どうせ本人は来ないんだけど、支持者が来てる可能性もあるからね。
焼香順は、ほぼオレの提案どおりになっていていた。
意外と短く30分で終了。
お別れの時間ということで家族のみが残されたが、この時間が信じられないほど短かった。
今まで、最期のお別れを何度か経験しているが、これほど短く非常なものはこれまでなかった。
父以外全員泣いていた。
血のつながり
父は養子で、祖母とは血のつながりはない。いわゆる入り婿(養子)ってやつ。
この時、血のつながっていない者との大きな隔たりを感じた。
思えば、死に際してからずっと父は単なる下手くそな進行役でしかなく、悲しみに暮れる遺族ではなかった。
オレ自身も、奥さんの父が亡くなったときに、申し訳ないが、奥さんのほうの親戚とオレの間に大きな溝というか温度差があるのをひしひしと感じていた。オレは冷めていた。父が亡くなったということは、本来ならば深い悲しみに暮れなければならないのに…。血が繋がっていないということはこういうことなのかと、今回あらためて感じた。
火葬場へ
ここで、電池が切れた。
火葬場までのバスの間、涙が止まらなかった。
バスを降りることもままならなかった。
が、気を取り直して、バスを降りる。
最期の読経を行い、3人ずつで焼香する。
父、母、そしてオレが並んだ。長男の重みを感じた。
そして非情にもあっという間に棺桶は焼却炉の中へ。
行ったことある人ならわかると思うけど、市内にある2つの火葬場は大変立派だ。
石造りで天井も高く、異次元を思わせる。
他の人が休憩室へ行った後、骨壷と袋を選ぶ。
骨壷は、陶器のと劣化しないものの2種類があったが、陶器のを選んだ。
以前は5種類ほど選択肢があったのに、今回は2種類しか選択肢がなかった。
袋は、ピンク好きなオレの独断でピンクっぽい色を選んだ。
というか、どの葬儀でも幼少の頃から袋はオレが選んでいる。なんでかな??
そして休憩室で親戚としばし会話。
まず、庭の写真を撮る。
市内には、もうひとつ火葬場があるが、いずれの火葬場もなかなかキレイな庭園があり見応えがある。
この休憩室での時間がオレは苦手だ。
ほとんど年寄りばかりで、よく知らない人と会話しなければならない。
席次も決まってないからなんだか落ち着かない。
が、思いのほか、燃えるのに時間はかからなかった。
そして骨壷に骨を入れていく。
うちの両親は、あまり骨を入れたがらない。
もっとガンガン入れたらいいのに。
妻側の親戚の時は、ガッツンガッツン入れていた。
父母は、あっという間に頭蓋骨と喉仏を入れてしまった。
両親がそれぞれ遺影と骨壷を持ち、みんなでバスへ。
中陰法要
セレモニーホールへ戻り、中陰法要。
『あ~な~か~し~こ~、あ~な~か~し~こ~。』
と読経が響く。
これも、思いのほか短かった。
中陰明け会食
法事料理を食べる。
法事料理は味付けが濃い。ゆえに喉が乾く。
烏龍茶を大量に飲んだら、
『缶がたくさん残っているのはみっともない、人とペースを合わせろ。』
と後日母に怒られた。
非情に理不尽だったが、あえて反論しなかった。
こういう席で、主催者であるにも関わらず酒をがぶがぶ飲むうちの両親のほうがオレから見たらよほどおかしいと思うのだが、彼らは死にゆく人で、彼らの喪主はオレがすることになるので気にしないことにする。
でもさ、烏龍茶の缶って150ccしか入ってないんだよ。
ビールは600cc以上入ってるじゃん。
同じだけ飲んだら4倍以上の差が出るのは当然。
帰宅
祖母宅へ戻り、母と一緒に部屋や仏壇周りを片付ける。
仏壇周りが汚れていたので何とかしようと思っていたら父が、
『戻るぞ』
とまた強い口調で言う。
明日から初七日まで毎日お坊さんに来てもらうわけだから、あまり汚れた部屋というわけにもいかない。
仏壇周りを掃除してたら、教育勅語の掛け軸を発見。
母は、中身をよくわからないにもかかわらず、昔の人のいうことは素晴らしいことだ、今に受け継ぐべきと言う。
オレは、こんな精神論めいたものは古い考え方で、(戦争の是非は置いといて)今の考え方にはなじまないと真っ向から対立。
(今、Wikipediaで教育勅語を調べたら、意外とまともなことが書かれてた)
極めて余談ではありますが、祖父が尋常小学校に通っていた頃、校長が教育勅語を読み上げる場で、中身を思い出せなくなり、クビになったと言うことがあるそうです。
で、仏壇の裏からは他にも祖父や曾祖父の勲章が出てきた。
捨てる、という母に対し、オレは保管するよう要請した。
そしたら、
『あんた、守ってってくれる?』
と言われたので、うなずく。
でも今思ったけど、オレが受け継いでも次の代がいない。困った。
1時間ほど掃除して、実家の方へ戻ったら、父はネットで株取引をしていた。
やっぱり、この人は血が繋がってないんだな、と確信した。
オレも、義父の葬式の日に密かに宝くじ買いに行ってたもんな。
夕食
いったん着替えて夕食のために実家へ行ったら、町内の地図をコピーしたものが机の上においてあった。
オレは、間違って葬儀に来てない人の家に挨拶回りしてしまわないよう、あらかじめ地図を用意しておくことを進言していたのだが、
『そんなものは全部頭に入ってるから用意しない!!』
と強く言われていた。
結局要るじゃん。
何なのこの人達??
その後
教育勅語と勲章のことを父に聞かれた。
捨てろと言う。
オレが管理します。と言ってもあのうちにあるものは勝手に処分される可能性アリ。
勝手に持って帰ってこようかな?
母からは、
『何か今回のことで改めた方がいいと思うこととか指摘点とかある?』
と聞かれた。
オレはおかしいことがある度に指摘してきたが、その都度両親から頭ごなしに否定された。
彼らには、何を言ってもしょうがないのである。
おしまい。
とおりすがり on 2011-03-15 17:10:42